ヒオス島(ヒオスとう、ギリシア語: Χίος / Khíos)は、エーゲ海東部に位置するギリシャ領の島。中心都市はヒオス。キオス島とも表記される[1]。トルコ語ではサクズ島(Sakız Adası)と呼ばれる。
ヒオス島 Χίος | |
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地理 | |
座標 | 北緯38度25分 東経26度00分 / 北緯38.417度 東経26.000度 |
面積 | 842.5 km2 |
行政 | |
国 | ギリシャ |
地方 | 北エーゲ |
県 | ヒオス県 |
中心地 | ヒオス |
統計 | |
人口 | 51,936人 (2001現在) |
人口密度 | 62 /km2 |
古くより交易の島として栄えた。11世紀に建設されたネア・モニ修道院は、他の2つの修道院とともにユネスコの世界遺産に登録されている。
地理
エーゲ海の東部に位置する。幅約7kmのヒオス海峡 (Chios Strait) でトルコ領(アナトリア半島)と向かい合う。
南北の長さは約50km、東西の幅は最も広い地点で約29km。面積は842km2で、ギリシャでは5番目に大きな島である。
行政区画
ヒオス Χίος | |
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所在地 | |
ヒオス | |
座標 | 北緯38度25分 東経26度0分 / 北緯38.417度 東経26.000度座標: 北緯38度25分 東経26度0分 / 北緯38.417度 東経26.000度 |
域内の位置 | |
行政 | |
国: | ギリシャ |
(地方): | 北エーゲ |
(県): | ヒオス県 |
(ディモス): | ヒオス |
人口統計 (2001年) | |
(ディモス) | |
- 人口: | 51,936 人 |
- 面積: | 842.5 km2 |
- 人口密度: | 62 人/km2 |
その他 | |
標準時: | EET/EEST (/) |
自治体(ディモス)
ヒオス市(Δήμος Χίου)は、北エーゲ地方ヒオス県に属する基礎自治体((ディモス))である。ヒオス島全体をその市域とする。
現在のヒオス市は、カリクラティス改革(2011年1月施行)にともない、旧ヒオス市をはじめとするヒオス島の自治体が合併して発足した。旧自治体は、新自治体を構成する行政区(ディモティキ・エノティタ)となっている。
下表の番号は、下に掲げた「旧自治体」地図の番号に相当する。下表の「旧自治体名」欄は、無印がディモス(市)、※印がキノティタ(村)の名を示す。
旧自治体 | 綴り | 政庁所在地 | 面積 km2 | 人口 | |
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1 | ヒオス | Χίος | ヒオス | 22.8 | 23,779 |
2 | (アイオス・ミナス) | Άγιος Μηνάς | ティミアナ (el) | 13.0 | 2,686 |
3 | (アマニ) | Αμανή | ヴォリソス (el) | 158.4 | 2,668 |
4 | (イオニア) | Ιωνία | カリマシア (el) | 48.3 | 4,650 |
5 | (カンポホラ) | Καμπόχωρα | ハルキオ | 50.6 | 3,154 |
6 | (カルダミラ) | Καρδάμυλα | カルダミラ | 182.5 | 2,920 |
7 | (マスティホホリア) | Μαστιχοχώρια | ピルギ (el) | 211.7 | 4,744 |
9 | (オミルポリ) | Ομηρούπολη | ヴロンタドス (el) | 155.0 | 7,335 |
旧ヒオス県の旧自治体(1999年 - 2010年)
旧ヒオス市(1999年 - 2010年)
ヒオス市(2011年から)
著名な出身者・居住者
古代
- エラシストラトス、紀元前304年 – 紀元前250年)、解剖学のパイオニア的存在、王室付き医師、古代アレキサンドリアの医学学校の創立者。静脈・動脈・神経のシステムにより体組織間がつながっていることを発見。
中世
- (ヒオスのレオナルド)、ギリシャ・ドミニコ修道会の学者。
- ジョヴァンニ・ジュスティニアーニ(Giovanni Giustiniani、1418年-1453年、ジェノヴァ共和国の海軍軍人、コンスタンティノープル陥落時の戦闘で戦死し、ヒオス島に埋葬。
- アンドレア・ビアンコ、15世紀、ジェノヴァ出身でヒオス島で暮らした地図製作者。
- クリストファー・コロンブス、1982年、ルート・G・ドゥルラハー・ヴォルパー(Ruth G Durlacher-Wolper)の著書(『クリストフォロス・コロンブスの人物像を明かす新理論:ギリシャ・ヒオス島出身のビザンツ王子』"A new theory clarifying the identity of Christophoros Columbus: A Byzantine prince from Chios, Greece")で、コロンブスがヒオス島生まれとの仮説が出された。コロンブス自身はジェノヴァ共和国出身としていたが、当時のジェノヴァ共和国はヒオス島も領有していた。コロンブスのジェノヴァでの友人にはヒオス島出身者が多く、その著作でもヒオス島に言及し、ギリシャ語で記したメモ帳も残っている。「コロンブス」はヒオス島ではよく見られる姓である。ギリシャ語の綴りにはKouloumbis(Couloumbis、クルンビス)もある。
- フランシスコ・アルボ、16世紀、世界初の世界周航を達成したマゼランの艦隊に参加した航海士。
- (コンスタンチン・ロドカナチ)、1635年~1687年、オスマン帝国領ギリシャの学者、化学者、辞書編集者、チャールズ2世 (イングランド王)の医師
近現代
- スキリツェス家(Scylitzes family)、ルーツはビザンツ帝国時代。
- (ラリー兄弟)、18–19世紀、19世紀の貿易会社の創業者。
- オスマン・ハムディ・ベイ、1842年–1910年、オスマン帝国の画家、考古学者。
- ミキス・テオドラキス、1925年~2021年、作曲家、ヒオス島生まれ。
- (ペトロス・モリヴィアティス)、1928年-、政治家(外務大臣)。
- (タキス・フォトプーロス)、1940年-、政治評論家、ライター。
- (テオドロス・ヴェニアミス)、1950年-、船主。
- (マーク・パリオス)、1952年-、プロサッカー選手。ギリシャ系(ヒオス島にルーツ)。英国フットボール・アソシエーション(FA)幹部(chief executive)。
- (アンゲリキ・フラングー)、1965年-、船主。
- (ジョン・シタラス)、1972年-、フィットネス経営者・主催者。
脚注
関連項目
- キオス島の虐殺 - ウジェーヌ・ドラクロワによる絵画作品。