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概要
スミルナ十字軍(1343~1351年)とは、時の教皇クレメンス6世により提唱され2度行われた十字軍遠征の総称。対象となった国は小アジアにて栄えていたトルコ系国家アイドゥン侯国で、この国の主要な沿岸都市であるスミルナ占領を目標とした。
第一次スミルナ十字軍では、目標としたスミルナを見事攻め落としたものの、十字軍の指導者たちの不意を突いてトルコ側が攻撃。指導者の多くが討たれ失敗に終わった。しかし、この悲報を聞いた教皇はさらなる遠征団の派遣し、再びスミルナを占領した。スミルナを占領した十字軍は砦から打って出ることはほとんどなく、砦の強化に務めていた。その間、教皇クレメンス6世は、スミルナを包囲し続けて外部からの支援の妨害工作などを続けていたトルコ側に対して停戦協定を結ぶべく苦心していた。そんな中、1351年、クレメンス6世は突然十字軍に対し興味を失い、十字軍は教皇から見放されてしまう。 それから50年ほどがたった1402年、ティムール朝によりスミルナは包囲され、落城した。((スミルナ包囲戦 (1402年)))
十字軍提唱のきっかけ
遠征・戦闘・占領、そして終焉
出典
- (Kenneth Meyer Setton). 1976. The Papacy and the Levant, 1204–1571, vol. I. Philadelphia: American Philosophical Society, pp. 184–223 OCLC 871576661.