イェータ運河(イェータうんが)は、19世紀初期に建設されたスウェーデンの運河である。この運河は、スウェーデンの西海岸にあるイェーテボリから、イェータ川や(トロルヘッタン運河)(en:Trollhätte canal)でつながり、ヴェーネルン湖やヴェッテルン湖を通って、en:Motala strömと平行して、バルト海にある(セーデルシェーピング)まで伸びている。
建造者は、(バルツァール・フォン・プラテン)(en:Baltzar von Platen)で、スウェーデン王の依頼でイギリスの土木技師トーマス・テルフォード(en:Thomas Telford)によって以前に作成された計画に従った[1]。プラテンは、1810年4月11日に着工の許可を得、そして運河は、1832年9月26日に正式に開通した。テルフォード自身、計画に基づく初期の掘削を監督するために1810年にスウェーデンへ旅した。鉄道の出現のほんの10年前に築造されたため、運河はすぐに時代遅れになり、以後は改良されなかった。現在、運河は、観光地となっており、時にスウェーデンの一等観光地と呼ばれる。
運河の築造を機械装置で手助けするため、小さな技術作業所が(モータラ市)(en:Motala)に設立され(モータラ工場)(en:Motala Verkstad)と呼ばれた。この事業は、時々「スウェーデンの土木事業のゆりかご」として言及される。
フィクションの中
いくつかの映画がイェータ運河を描いている。最も有名なのは1981年の『イェータ運河』で、その中では、張り合う2つのヨット建造者が、巨額の建造注文を得るために運河を競走する。2006年には、映画『イェータ運河2』が公開された。
閘門
スウェーデンの東海岸から西海岸までの閘門は、次のとおりである。(閘門ごとのメートルを併記)
- (Mem), 3
- (Tegelbruket), 2.3
- (セーデルシェーピング), 2.4
- (Duvkullen nedre), 2.3
- (Duvkullen övre), 2.4
- (Mariehov nedre), 2.1
- (Mariehov övre), 2.6
- (Carlsborg nedre), 5.1
- (Carlsborg övre), 4.7
- (Klämman), open
- (Hulta), 3.2
- (Bråttom), 2.3
- (Norsholm), 0.8
- (Carl Johans slussar) (seven locks), 18.8
- (Oskars slussar), 4.8
- (Karl Ludvig Eugéns slussar), 5.5
- (Brunnby), 5.3
- (Heda), 5.2
- (Borensberg), 0.2
- (Borenshult), 15.3
- (モータラ), 0.1
- (Forsvik), 3.5
- (Tåtorp), 0.2
- (Hajstorp övre), 5.0
- (Hajstorp nedre), 5.1
- (Riksberg), 7.5
- (Godhögen), 5.1
- (Norrkvarn övre), 2.9
- (Norrkvarn nedre), 2.9
- (Sjötorp 7-8), 4.6
- (Sjötorp 6), 2.4
- (Sjötorp 4-5), 4.8
- (Sjötorp 2-3), 4.8
- (Sjötorp 1), 2.9
脚注
参考文献
- Eric de Maré, Swedish Cross Cut, Sweden, 1965. (In English)
- (深井節子)文・絵『イェータ運河を行く』(福音館書店、『たくさんのふしぎ』第99号、1993年6月)
関連項目
- (スウェーデンの政府系企業の一覧)(en:List of Swedish government enterprises)
外部リンク
- Göta Canal - Official site