イェルパハ(Yerupajá)は、アンデス山脈の一部であるペルー中西部の(ワイワッシュ山群)に属する山である。標高6,635m。山名の「イェルパハ」はケチュア語で「白い夜明け」を意味している[1]。
地理
イェルパハが属するワイワッシュ山群は、ペルーの最高峰であるワスカランが属する(ブランカ山群)の南方に位置している。ペルーではワスカランに次いで2番目に高い山で、ワイワッシュ山群の中では最も標高が高い主峰である。また、アマゾン川水系における最高地点ともなっている[2]。行政上はアンカシュ県、ワヌコ県、リマ県の3県に跨る。
登頂
アンデス山脈の高峰の中でも最も登頂が困難な山の1つであるため、登頂に成功した人数は僅かである。ノーマルルートは南西壁ルートで、通常はワラスから南へ向かい、(チキアン)よりハワコチャ湖を経由してアプローチする[2]。初登頂は1950年にデービッド・ハラーとジェームズ・マクスウェルによって成し遂げられ[3]、北側のピーク(イェルパハ・ノルテ)は1968年に(グレイム・ディングル)とロジャー・ベイツによって達成された。
登山史
- 1950年、南西壁ルートでデービッド・ハラーとジェームズ・マクスウェルが初登頂。
- 1966年、西壁直登ルートでリーフ・パターソンとホルヘ・ペテレクによる第二登。当該ルートによる初登頂[3]。
- 1968年、北東壁ルートでクリス・ジョーンズとポール・ディクスが初登頂[4]。
- 1969年、ラインホルト・メスナーと(ピーター・ハーベラー)による東壁登攀(登頂は標高6,121mのイェルパハ・チコ)[5]。
イェルパハの南壁
イェルパハの遠景
関連項目
- (シウラ・グランデ) 同じワイワッシュ山群の山での遭難事故が「運命を分けたザイル」(原題: Touching the Void)の邦題で映画化された。
脚注
- ^ NEVADO YERUPAJÁ ANDES HANDBOOK, 2019年9月4日閲覧。
- ^ a b Yerupajá Summitpost.org, 2019年9月4日閲覧。
- ^ a b Graber, Michael (December 1995). “Yerupaja - The West Face Direct”. Climbing (93): 30. ISSN 0045-7159.
- ^ Jones, Chris (1969). Carter, H. Adams. ed. “Yerupaja - The Amazon Face”. American Alpine Journal (Philadelphia, PA, US: American Alpine Club) 16 (43): 271–274.
- ^ Reinhold Messner: Aufbruch ins Abenteuer. Der berühmteste Alpinist der Welt erzählt. Bergisch Gladbach 1979, S. 122–133.